Story07
弱点を克服し、
PP繊維100%のウエアを開発
大和紡績株式会社2016年入社 理学部卒 | 合繊事業本部 市場戦略部 播磨研究所 原綿素材開発グループ S・T
Story07
大和紡績株式会社2016年入社 理学部卒 | 合繊事業本部 市場戦略部 播磨研究所 原綿素材開発グループ S・T
合成繊維から不織布まで、幅広い繊維製品の研究・開発を行う大和紡績の中で、Sが担当しているのは合成繊維の研究開発だ。主に、衣料用の合成繊維と電池のセパレータ、クッション材、それぞれ樹脂や形状の異なる繊維。開発においては、世界中の原料メーカーの樹脂を使用して仕様を決定し、試作をして生産工程の問題点を洗い出し、生産部門と連携して試行錯誤しながら製品完成へとつなげていく。
大学で無機化学を専攻していたSが、大和紡績を志望したのは「つくられた糸がウエアになり、身近なところで役立てられるのが魅力だった」からという。
入社後、配属されたチームで取り組んだのが、衣料用のポリプロピレン(PP)繊維の研究開発だった。PPは、化学繊維の中でも最も軽く、吸水性がないため速乾性に優れ、熱伝導率の低さから保温性も高い。「そのうえ、強度もあって汚れがつきにくいといった利点もある。軽いので、長時間走ったり歩いたりした場合に体力の消耗が抑えられ、雨に濡れてもすぐに乾く。登山やジョギングなど、アウトドアウエアに最適な繊維」。軽さ、強さ、保温性と、多くの利点を持つPP繊維だが、衣料用として製品化が難しいとされる大きな欠点があった。
「PP繊維は耐候性が低く、乾燥のため熱をかけると酸化発熱という分解サイクルが急激に進行し発火する恐れがある。さらに白い繊維を屋外で使用した場合、変色してしまう」。そのため、PP100%の繊維は衣料に用いるのが難しいとされていた。
ポリエステルやナイロンにも負けないPP繊維を開発したい。Sは、PP繊維100%の衣料開発に立ち向かう。
酸化発熱という“壁”をクリアするためには、酸化発熱を防ぐために最適な物質を見つけ出し、添加する必要がある。だが、組み合わせによっては、逆にPPを黄色く変色させやすくしてしまう。どんな物質を、どれだけ、どのような組み合わせで添加すれば、PP繊維の特長を活かしつつ酸化発熱と変色を抑えることができるのか。研究と試作の日々が始まった。
国内のメーカーや代理店のみならず、海外の原料メーカーへも問い合わせ、扱っている酸化防止剤をしらみつぶしに調べ上げた。可能性のありそうなものを取り寄せては、試作室にこもってサンプルを作成。出来た糸を専門部署に依頼して評価してもらう。
強度は?変色は?耐候性は?「これはダメ」「もう一歩だ」。テストを繰り返し、試作を積み重ねた。ゴールの見えない、途方もない作業に、Sはひたすら没頭した。
膨大な数のサンプル作成とテストの繰り返し。それは想像をはるかに超える忍耐のいる作業。だが、地道な研究の末、ついに最適な方法を探し当てることができた。
「“変色せず”という評価が上がってきた時には、思わずガッツポーズが出た」とその瞬間を振り返り破顔する。
Sが開発に携わったPP100%の繊維は、大手アパレルメーカーに採用され、今、アウトドア用品専門店やスポーツウエアを扱うショップの店頭に並び始めている。
PP繊維は、その軽さや速乾性、保温性などを活かし、肌着やソックス、カーペットなどの繊維に混紡されている。だが、100%PP繊維のウエアをつくるうえで、実はもう一つ大きな課題が残っている。「ポリエステルやレーヨンなどは、簡単に染色できるが、PPは色が付けにくい素材。次は染色性という課題をクリアするのが当面の目標」。
ロードバイクやランニングがブームになり、昨今のアウトドアウエアは実にカラフルになってきた。今後も、ますますカラーアイテムの豊富さが求められていくだろう。「この染色性という壁を乗り越えて、彩り鮮やかなPP繊維100%のウエアを開発したい」。
登山が趣味だというS。今は、自分がつくった色彩豊かなウエアを着て山に登ることを夢見て、日々研究に取り組んでいる。