Story06
不織布の“土”で、
地球にも優しい安全な野菜を
大和紡績株式会社2016年入社 農学部卒 | 合繊事業本部 市場戦略部 播磨研究所 不織布素材グループ M・R
Story06
大和紡績株式会社2016年入社 農学部卒 | 合繊事業本部 市場戦略部 播磨研究所 不織布素材グループ M・R
Mが籍を置くのは、大和紡績の主力事業の一つ、不織布製品の研究開発チーム。自社で製造する合成繊維をはじめ、グループ企業などから調達する原料を組み合わせ、石川県や島根県、インドネシアなどにある工場で生産される不織布製品の開発を中心に行なっている。最終製品は、ドラッグストアなどで売られているフェイスマスクや除菌シートといった暮らしの中で役立てられるものから、ワイピングクロスや建設資材など産業用に用いられるものまでさまざまだ。
その中でMは今、少し異色ともいえる研究を手がけている。
野菜を育てる「土」の代わりになる「培地」の開発だ。植物工場での野菜づくりに取り組む大学の研究室から相談を受けたのがきっかけだった。「現在はスポンジ状のものが主流ですが、これを不織布に置き換えられないかという相談でした」。
屋内のクリーンな環境で野菜を育てることができれば、農薬を使わずに、安心・安全な野菜をつくることができる。その大学の研究室では、高品質、低コスト、低エネルギーで、野菜の安定生産を目指す、先進的な試みを推し進めていた。スポンジに比べ、より抗菌性が高く、生育性に優れた素材を模索する中で、不織布に可能性を求めたのだ。
「不織布の培地は、土のような粒状ではなく、短い繊維をランダムに絡み合わせてつくります」。絡み合う繊維の構成を変えてみてはテストをしてみるのだが、結果は植物のみぞ知る。つまり、実際に育ててみるしかない。実験は、小学校の頃に誰もが経験したことのある、水耕栽培と同じ要領だ。不織布の組み合わせを変えた培地をいくつもつくり、その上にサラダ菜の種を蒔き、発芽するのを待つ。見る間に芽を出し、すくすく伸びるものもあれば、なかなか育たない培地もある。一進一退を繰り返しながらも、成果は徐々に上がっていった。だがMは、はたと立ち止まって考えた。「抗菌性や生育性の面ではスポンジに負けないものができたとしても、それをつくるために一体どれだけコストがかかるのか」。Mが突き当たったのは“コスト”という現実の高い壁だった。
どうすればコストをかけずに培地をつくることができるか。ある日、閃めいたのが廃材の活用だった。
「ポリプロピレン製品をはじめ、合成繊維を製造する過程では、裁断くずなどの廃棄物が大量に出る。業者に引き取ってもらっているこのゴミを、なんとか活用できないものか」。
廃材を使えば、コストカットになるばかりか、ゴミ処理のための経費も削減できる。加えて、近年問題となっているマイクロプラスチック等の環境負荷の低減にもつながる。早速上司に相談し、廃材利用の許可を取って実験に取り掛かった。
とはいえ、Mの主な業務は衛生材料や産業資材用の不織布開発。培地の研究だけをしているわけではない。「いつも対峙している製品とは違って植物は命あるもの。他の研究に夢中になっているうちに、気がつくと枯れていたり、カビが生えてしまったこともある」。農学部出身のMにとって、生き物である植物相手の研究は「苦ではないし、むしろ楽しい。ただ、他の開発と並行して進めていくのはなかなか難しい」。研究成果を上げるだけでなく、業務スケジュールの管理もこれからの課題の一つという。
廃材を活用した培地の研究は、今も着々と進められている。「実用化は、まだまだ先になるかもしれないけれど、少しずつ手応えは感じている」と力強く語る。不織布は、マスクや除菌シートなどの生活資材や産業資材だけでなく、建設資材や防災関連まで、活用される場面がますます広がっている。一方で、これからは“サスティナブル(持続可能)”をキーワードに、環境に配慮した製品開発を進めることも必須課題だ。
「今、世界中で悪者扱いされているプラスチックの廃材で、安心・安全な美味しい野菜がつくれたとしたら。少しは悪いイメージも払拭されるかも」と、はにかんだ笑顔を見せた。そして、やがて生まれてくる子どもたちにも不織布の培地でつくった、安全で美味しい野菜を食べてもらいたい。そんな夢を胸に抱き、一歩ずつ研究の道を歩み続けている。